河口はキャリアの初期から、作家活動と並行して教育者としても長年活動をしてきました。直接教育そのものに関わっている身として、芸術作品として教育を対象化することを遠ざけてきた河口でしたが、1992年よりその反省を活かして《関係-教育・エディカチオ》シリーズの制作を開始します。その後、まつだい雪国農耕文化村センター「農舞台」が竣工した2003年に制作された《関係-黒板の教室》は、教育に真正面から取り組んだ作品でした。
《関係-教室・エドゥカティオ》1992-1997
《関係-黒板の教室》は、黒板塗料の深緑色一色に覆われています。訪れる人は黒板のみならず、机や椅子、床、天井に至るまで、どこでもチョークで落書きすることができます。また、制作当初は机天板を開けるとタッチパネル式のコンピューターが現れ、地域の生活文化について学べる仕組みが施されていました。その後のアップデートでは、教室の袖引き出しに教材や昆虫など教育的な素材で構成した「引き出しアート」が内蔵されました。
"Relation—Blackboard Classroom" installation view, 2012, (photo: Osamu Nakamura)
教室そのものが黒板という、想像力を掻き立てられる本作品は、どこでもチョークで書けるという無限の自由度も相まって公開直後から大きな反響を呼びました。
2021年にはまた新たに手が加えられ、まつだい「農舞台」はリニューアルオープンしています。その際に《関係-黒板の教室》も改修を施すことになりました。修復に際しては、長年の展示による色あせなどの経年変化は作品の大事な要素とみなし、極力現状の雰囲気を尊重する方針で進められ、河口は大きく二つの作品シリーズを新たに制作しました。机に内蔵される「関係‐教育」シリーズと、「黒板になった教材」シリーズです。
● 机に内蔵される「関係‐教育」シリーズ
黒板になった机を見ると誰しも夢中でチョークを走らせますが、この天板が「めくれる」ことについては、意外と知らない人が多いのではないでしょうか。ここにはかつてコンピューターが内蔵されていましたが、今回この机の天板下の空間に妻有の閉校した学校から集められた教材を素材に構成されたアートボックスが内蔵されました。アートボックスは音楽や理科など、教材のジャンルに沿ってテーマ付けされています。
"Art Drawers"
(左上から時計回り)《関係‐教育・積木とカマキリ》《関係‐教育・解剖教室》《関係‐教育・チョークとスライド》《関係‐教育・算数の授業》
21年の3月で長く務めた教職を退官し、ようやく作家活動に専念できると嬉しそうに語る河口により、遊び心溢れるアートボックスが作られました。教室内の15台の机に新たに宿った作品は、どれも見逃すことができない個性とエネルギーを湛えており、我々は、まるで教師が一人一人の生徒と向き合うかのように、一つ一つの机を丹念に鑑賞していきます。黒板色に塗られた床や壁、机が想像力のキャンバスとして鑑賞者の参加を促すならば、天板に収められた本作品は、いわば教材を素材にした河口の無限の想像力を覗かせてもらう感覚に近いのかもしれません。
●「黒板色に塗られた教材」シリーズ
《関係-黒板の教室》内、黒板の右わきに設置されている古いガラス戸棚の中に、今回のもう一つの新作、「黒板色に塗られた教材」シリーズが展示されました。顕微鏡やタンバリンなど馴染み深い教材から、今では使われることのない謄写版用ヤスリや本たたきまで、アイコニックな学校のモノたちが一様に黒板の深緑色をまとって整列しています。
「黒板色に塗られた教材」シリーズ, installation view
そして、河口はこのリニューアルの際に、廃校から集められた教材を使用したアートボックス作品を制作し、整列する机の天板下の空間に埋め込みました。各々個性的なアートボックスが作られた中でも、とりわけアイコニックな《関係-教育・キーパーソン》が今回特別にレリーフ化され、「大地のコレクション展2022」に出品されています。黒板塗料で塗られた学校の鍵を鏤めた本作品はウィットに富んだ作品タイトルもさることながら、その「キー」が一つではないというところが、河口の教育者としての信念や愛を垣間見ることのできる作品です。
"Relation - Education / Key Person" 2021
また、本展、大地のコレクション2022には河口のこれまでの制作の軌跡がわかる作品群が出品されています。
ぜひぞれらも併せて、お楽しみください。